受け継がれてきた日本の技と素材を、いまの美しさへ——。
日本各地の作り手たちとともに、その確かな技と素材を現代に生かし、新たな価値を未来へつなぐプロジェクト「FAS THE CRAFTS」。その最初の取り組みとして生まれたのが、ガラス作家・有永浩太さんとともに手がけた、世界にひとつだけの限定オリジナルボトルでした。先日のFAS 3周年イベントで展示されたその佇まいをご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

のと里山空港から車を走らせることおよそ40分。穏やかな能登の海を眺めながら向かった先に有永さんのアトリエはあります。ずっと思い描いていたこの場所への訪問が、ようやく叶ったこの日。心地よい風が通る工房で吹きガラスの制作風景を見せていただきました。1200度を超える炉から巻き取られたガラスに、流れるような所作で輪郭を与えていく有永さんの身のこなしは、無駄がなく、息をのむほどスマートです。

この限定ボトルは、2024年、ブランド1周年を記念して手がけていただいたもの。ヴェネチアンガラスの伝統的なレースガラス技法を独自の解釈で昇華させたその背景には、どのような思考と未来への眼差しが込められているのか——。能登のアトリエを訪ね、じっくりとお話を伺った日の記録をお届けします。
思い通りにならないガラスの魅力
有永さんは、あえて予測しきれない揺らぎを生み出すワイングラス『bubble(バブル)』や、まるでやわらかな布のような質感をまとう器『gaze(ガーゼ)』など、素材の歴史や技法そのものを問い直すような作品づくりを行っている吹きガラス作家です。
そもそも吹きガラスとは、竿の先に巻き取った熱いガラスに息を吹き込みながら成形していく技法。刻一刻と表情を変えるガラスを自在に操る有永さんの姿は、まるで素材と呼吸を合わせているかのよう。

しかし、ものづくりの道に進んだ有永さんがこの素材に惹きつけられたのは、意外にも「いちばん思い通りにならなかったから」でした。
「大学1年目の時に、工芸科でガラス、陶芸、染織という3つの素材に触れました。その中で、いちばん思い通りにできなかったのがガラスだったんです。陶芸など、ほかの工芸は素材にダイレクトに触れて形を作っていきますよね。でも、それが当時の僕には思い通りになりすぎてしまうように感じられて。ガラスは直接手で触れられないからこそ、素材との間に適度な距離感がある。触れられないからこそ、工夫できる余地がたくさん残されているように感じたんです」

さらに有永さんは、こう言葉を継ぎます。
「さまざまな技法を試しましたが、窯で焼くと収縮する陶芸とは違って、吹きガラスは一晩かけて冷ました後も、成形したときの形や大きさがほとんど変わらないんです。その誤差のなさが、自分にはとても心地よかったんです」
100個すべてが違う、手仕事のかたち
手で触れられないからこそ、思い通りにならないガラス。それをあえて作品の個性として生かしたのが、代表作『bubble』シリーズのワイングラスです。
丸みを帯びたカップに、すっと伸びた脚、そして台座。端正な佇まいでありながら、その輪郭はひとつとして同じものがありません。
「均一に美しく整えてしまうと、精巧な工業製品と変わらなくなってしまう。僕が手作業で一つひとつ作る意味を持たせるために、100個作ったら100個すべてが違う形になるような工程を組んでいるんです。あえて自分の思い通りにならないイレギュラーが生まれる仕掛けを1箇所だけ残すことで、人の手で作る理由がより鮮明になると思っています」

最初に吹きガラスに惹かれた「思い通りにならない」性質が、時を経て「人が手でものをつくる意味」へとつながっている——。お話を聞きながら、有永さんのものづくりの根っこにあるものに触れたような気がしました。
「吹きガラスは、できるだけ手を早く動かして作った方が綺麗に仕上がる仕事なんです。コップなら、10分もかからずに1個作ってしまう。でも、そのスピード感にどこか物足りなさを感じていた時期がありました。吹きガラスの瞬間的な造形の中に、もっと膨大な時間を込めるような作品をつくれないだろうかと」

その探求が、有永さんをこれまでにない新たな表現へと向かわせることになります。
伝統技法から生まれた、ガラスの織物
その問いから生まれたのが、まるでやわらかな布のような表情を持つ器『gaze(ガーゼ)』シリーズ。今回のFASとの限定ボトルにも取り入れられた、有永さんを代表する表現のひとつです。
着想の源となったのは、16世紀のイタリア・ヴェネチアで花開いたレースガラス。ガラスの中に繊細なレース模様を閉じ込める古典的な技法です。
「ヴェネチアンガラスの技法をもとに、日本人の感覚で再構築した表現ができないかと考えました。その技法を解きほぐしていくうちに、これはガラスを使って織物を編み上げていく工程そのものなんじゃないかと気づいたんです。吹きガラスという瞬間的な造形の中に、織物が持つ膨大な時間軸を込めてみたい。それが始まりでした」

その制作工程は、まさにガラスで糸を紡ぎ、布を織り上げているかのようです。
まず、直径2センチほどの色ガラスの塊を熱し、一気に8メートル近くまで細く引き伸ばし、わずか2ミリのガラスの「糸」を作る。その糸を鉄板の上にすき間なく並べ、すだれのようなシート状に仕立て、吹き竿の透明なガラスの塊へ海苔巻きのように巻き取っていく。それを再び熱しながらねじりを加え再度伸ばしていく。そうしてできた模様を束ねて息を吹き込んで膨らませていきます。
「繭や植物から繊維を取り出して糸を撚り、それを織り上げて布にしていく感覚とすごく似ているんですよね。『あ、本当に織物だ』と腑に落ちた時、技法とでき上がったものの違和感がなくなりました」

完成したボトルを光にかざしてみると、その緻密な手仕事の凄まじさが伝わってきます。遠目にはふわりと布をまとったようなやわらかな質感に見え、近くで光に透かすと、極細のガラスの糸が幾重にも重なり合っているのがわかります。
本場ヴェネチアのレースガラスは、規則正しいレースの網目模様をくっきりと見せるのが定石です。しかし、有永さんが目指したのは、装飾的な模様ではなく、ガーゼの生地のような、糸が織りなす細やかな織り目や質感でした。

レース模様の美しさこそが持ち味の伝統技法において、あえてその魅力を打ち消してしまうような試み。前例のない表現ゆえに、当初は戸惑いの声もありました。しかし、ある展覧会で審査員を務めた美術史家・高階秀爾氏から「素材や技法が持つ歴史までもが作品のコンセプトになり得る」と評されたことで、有永さんは自身の表現に確信を得ます。
古い技法をただなぞるのではなく、その本質を解きほぐし、現代の感覚で再構築する。そのものづくりの姿勢は、FASが大切にしている考え方とも通じるものがありました。

世界にひとつだけの限定オリジナルボトル
「最初にお話をいただいた時は、普段化粧品を使わないので驚きました。でもFASの理念を知った時、日本に古くからある知恵を見直して現代の科学と結びつけて活かすというアプローチが、僕の仕事とすごく似ているなと思ったんです。新しいものをつくる時、見たこともないものをゼロから生み出すことだけが新しさだと思いがちですよね。でもそうではなく、古いもののポテンシャルを知った上で、まだ見えていない形に作り直すことも、確かな新しさだと思うんです」

こうして始まった取り組みから形になったのが、「FAS ザ ブラック エッセンス」の特別な限定ボトルです。
化粧品の容器に不可欠な「密閉性」と、工芸品としての「美しさ」。「手作りのガラスに既製品のキャップをただ合わせるだけではつまらない」という有永さんのこだわりから、内側に密閉用のキャップを備えつつ、その上から専用の手吹きガラス蓋をかぶせる二重構造を考案。日常で気兼ねなく使える確かな機能性と、工芸品としての端正な美しさを両立させました。
「木箱に入った完成形を初めて見た時は、やっぱりすごくうれしかったです。化粧水として使い終わったあとも、花器にしたり、思い思いの形で暮らしの中で長く使い続けてもらえたらいいですね」
吹きガラスの常識を変える
能登の工房に据えられた約1200度の熱を湛える窯。この窯こそ、有永さんが独立する際に、窯メーカーとともに開発したオリジナルの溶解炉です。吹きガラス作家にとって、自分の工房を構えて独立することは、極めて高いハードルを伴います。その大きな壁を、有永さんは窯の仕組みから変えることで乗り越えました。

従来の一般的な窯は、一度稼働させると365日24時間、火を焚き続けなければなりません。火を止めれば、急激な温度変化に耐えられず、中の坩堝(るつぼ)が割れて二度と使えなくなってしまうからです。火を落とせない以上、長期間工房を留守にすることもままなりません。莫大な光熱費だけでなく、火を扱う仕事だからこその安全面の懸念や場所の制約が、作り手にとって大きな負担になっていました。

「絶対にうまくいかない」「大変だからやめておけ」。独立を志した有永さんにも、周囲からそんな声が寄せられました。実際、吹きガラスの世界では、自分の工房を持てず、月に数日しか使えないレンタル工房で制作する作家も少なくありません。しかし、有永さんはそうした声にひるむことなく、独立を難しくしている仕組みそのものを変えようと考えました。
「大変だと言っている人たちと同じやり方をしていたら、結局自分も同じ壁にぶつかるだけですよね。できないというよりは、誰もそのやり方を変えようとしなかっただけなんじゃないかと。だったら、そのネックになっている原因をひとつずつ全部潰していける仕組みを作れば、個人でもやっていけるはずだと思ったんです。いちばんのハードルは窯の維持にあったので、そこさえクリアできれば絶対に道は開けると」

新しい窯がひらく、吹きガラスの未来
そうして設計されたのが、使わないときには安全に火を止められる、完全コンピュータ制御の電気炉でした。精密な温度管理でゆっくりと温度を下げることで、中の坩堝を割らずに火を落とすことができます。さらに、日本の伝統的な形の坩堝を採用し、中のガラスを残さずすくい取れるようにすることで、色ガラスの切り替えも自在に。個人作家が身軽に制作できるよう、細部にまで工夫が凝らされています。

有永さんは、この窯の設計やノウハウを独占することなく、希望する作家にすべて公開しています。その取り組みは全国へと広がり、同じ仕組みの窯はすでに30基ほど導入されるまでに。若い作家たちが独立して工房を構えるための、大きな足がかりとなっているのです。
そこには、吹きガラスという仕事の未来を見据えた、切実な危機感がありました。
「大変だといわれているこの業界は、長いスパンで見れば衰退してしまいます。僕自身、この先何十年も作り続けていきたいと思った時に、吹きガラスのインフラを支える会社が残っていなければ、いずれ自分も作れなくなる日が来てしまう。窯屋さんや坩堝屋さん、道具を作る工場と一緒に生き残っていくためには、業界全体でガラスに関わる人の絶対数を増やすしかありません。一人で後継者を育てることには限界があっても、やり方を公開して、工房を持てる人を増やせば、産業としての基盤を守ることにつながるはずだと思ったんです」

その視線は、能登半島地震を経て、さらに先へと向けられています。 自身も被災し、周囲から心配の声が寄せられるなかでも、「ものづくりを仕事として生活している以上、作り続けるのは当然のこと」と有永さんは淡々と語ります。
「日本中どこで地震が起きてもおかしくない今、離れた地域にもうひとつ、被災したガラス関係者が誰でも使えるバックアップの工房を作れたらと考えているんです。もともとは『夏が暑いから、涼しい地域にもうひとつあれば』という個人的な思いつきだったんですけど、震災を経験して、お互いのためのバックアップにできるんじゃないかと。何かあった時に『あそこへ行けば作れる』と言える場所があれば、お互いに心強いですから。まあ、いちばん暑い夏は僕が優先して使わせてもらいますけどね(笑)。でも、関わる人が増えて、それぞれが独自のやり方を見せてくれたら、ガラスの現場はもっとおもしろくなるはずです」

日本のものづくりを未来へつなぐ
有永さんが語ったその切実な危機感は、決してガラスの世界だけのものではありません。わたしたちが日本各地の原料の生産現場を巡るなかでも、道具の作り手の減少や後継者不足、産業の衰退という同じ痛みに直面してきました。
道具を作る会社や原料の生産者が廃業してしまえば、ものづくりそのものが続けられなくなっていく——。表からは見えにくい、けれども確かに足もとから揺らぎつつあるものづくりのインフラ。いち化粧品ブランドであるわたしたちにできることは、ほんのわずかなことかもしれません。

ですが、この「FAS THE CRAFTS」を通じて作り手の声や現場の息遣いを届けることで、日本のものづくりに心を寄せる人が一人でも増えたなら。それは豊かな文化を未来へ残すための確かな一歩になるはずです。
受け継がれてきた日本の技と素材を、いまの美しさへ。
誰かの手もとに届くひとつの限定ボトルから、ものづくりを愛おしむ小さな循環が広がっていくことを願って。FASはこれからも、ものづくりの現場と歩みをともにしていきます。
Profile

有永浩太
吹きガラス作家。1978年、大阪府生まれ。大学でガラスを学んだ後、複数のガラス工房・教育機関職員を経て、2017年に石川県能登島に自身の工房「kota glass」を設立。吹きガラスならではの、有機的でのびやかなかたちが特長。岡山県立美術館をはじめ、国内各地のコレクションに作品が収められている。



































