
story
2026.04.30
27.
冬の眠りから覚め、虫たちが土の中から動き出す、啓蟄(けいちつ)の季節。わたしたちは、この命の息吹を感じる瞬間に「発酵と科学」という思想を、食の領域で表現する特別なセッションを行いました。
コラボレーションのお相手は、世界最高峰のレストラン「noma」での経験を持ち、独自の料理哲学を築き上げているシェフ・芳賀 龍さん。 緻密な科学的視点を持ちながらも、最後は自然の流れに委ねる。そんな芳賀さんの発酵への向き合い方は、わたしたちが理想とする「発酵と科学」のあり方と同じ方向を眼差しています。
FASの黒米や希少な百花蜜、そして芽吹きの季節の食材。それらが芳賀さんの手によって、ひと皿の料理へと姿を変えていく。 これは、ブランドの思想とひとりの料理人の感性が、同じテーブルを囲むようにして交差し、生まれたひとときの記録です。


春の気配を、飲み干す
冬を越した森のスープ
地表に近い香り
燻製した黒舞茸、冬子の出汁
麹と乳酸菌発酵による奥行き
手焙じ茶の水出し
樅の新芽の、透明感のある香り
山葵、松、柑橘の立体感
春の兆しをかすめる香り
詩のように見える言葉の並びは、ひと皿の料理を表現したメニューです。 冷たくて澄んだ空気や、踏みしめた土の感触。森を歩いている時の感覚をそのままスープのようにして飲み干すことができたなら? そんな問いから、芳賀さんの料理は始まります。

目の前に差し出された器を両手で包み込むように持つ。その所作は、掌(たなごころ)と呼ばれます。 カトラリーを置き、あえて器に顔を埋めるようにして温かいスープを啜る。それは、人類がまだ道具を持たず、水を直接手で掬って喉を潤していた頃の記憶を辿る、文明のはじまりへの回帰の瞬間です。
ひと口含むとふっと鼻に抜けるのは、澄んだ森の香り。 それはまさに、土の中から虫たちが動き出し、命の再生が始まる、啓蟄(けいちつ)の頃の森の中に立ち尽くしているかのような感覚を呼び起こします。

このスープは、いわゆる濃厚なポタージュではありません。森の空気を思わせるような、澄んだ液体です。その透明な液体に軽やかさを保ったまま、深い旨みと奥ゆきを与える。そのために必要だった的確な答えのひとつが、発酵という選択でした。

自ずと入り込む、発酵というかたち
FASのコンセプトである「Fermentation and Science(発酵と科学)」この二つは、芳賀さんが料理やデザートを作る際にも欠かせない要素です。
「この時間に鴨を出すから、何時間前に塩を振って、何パーセントの塩味で口に入るか」
こうした緻密な計算や科学的な視点は、美味しさを論理的に構築するために欠かせません。その一方で、発酵に関してはあえてコントロールを手放します。
「日本にはいいお米や麹があり、水も塩も美味しい。それらを混ぜて、この気候の中に置いておけば勝手に発酵するんです」

直感や科学的な設計図を持ちつつも、最後は大きな自然の流れに委ねる。そこから生まれる味の揺らぎこそが、食べる人の心に深く残る美味しさになる。それは、素材と日本の気候が織りなす、ある種の必然でもあります。
芳賀さんにとっての発酵は、特別な技法というよりも料理の中に自ずと入り込んでくるもの。修行先のnomaで多くの発酵に触れた経験は、日本の日常が発酵であふれていたことに気づかせてくれました。朝の味噌汁や納豆、醤油といった日々の食事がすでに発酵の集積であったこと。その事実に気づいたとき、味噌や麹、甘酒やコンブチャといった素材は、ごく自然に芳賀さんの料理の一部となっていったのです。

もうひと手間が生む、奥ゆき
芳賀さんの料理において、発酵のポテンシャルを象徴する存在が甘酒です。
この甘酒を語る上で欠かせないのが、発酵を二度繰り返す二段階発酵という工程です。実はFASの核となる黒米発酵液も、同じ手法を採っています。一度の発酵で終わらせず、もうひと手間をかけることで、従来の甘酒のイメージを覆すような深い奥ゆきが生まれるのです。
材料は、水、麹、米、そして適切な塩のみ。この甘酒の真髄は、複雑な味を作ろうとしたのではなく、ピュアさを突き詰めた結果、複雑さが立ち現れた点にあります。ピュアで、シンプルであること。その本質を追求していった先に、驚くほど豊かで複雑な味わいが待っていたのです。


光を描くように、料理をする
料理の構成を、芳賀さんはしばしば絵画の技法に例えます。 コペンハーゲンでの生活にようやくなじみはじめた頃、芳賀さんはふたたび筆を手に取りました。それは、「画家になりたい」と願っていた5歳の自分を思い出すような時間でもありました。 手に入れた水彩絵の具を使って、惹かれていた印象派の光をなぞるように何度も塗り重ねていく。いつしかそれが、油絵のような重厚な質感を帯びてきた、その時。ふいに厨房の情景がよみがえります。
「絵を描くことと、自分の料理は、本質的に同じではないか」そう直感したといいます。
その視点の原点は、かつて働いていたnomaの厨房で目にした、無数の透明な液体にありました。そこにはトマトや貝の出汁、ハーブティーなど、澄んだ液体がいくつも並んでいたといいます。
お茶や出汁といった、それ自体は驚くほど軽やかな素材。けれど、その透き通ったレイヤーを幾重にも重ねることで、味は立体的に、そして奥ゆきを帯びていきます。

「印象派の画家たちは、光を描くために筆触分割(ひっしょくぶんかつ)という技法を用いました。絵の具は混ぜれば混ぜるほど色が濁り、彩度が落ちてしまう。そこで彼らは、異なる色を混ぜずに隣り合わせに置くことで、鑑賞者の目の中で色と色が混ざり、光として映るように描いたのです」
芳賀さんの料理もまた、重厚なソースで輪郭を決めるのではなく、透明な層を重ねていくことにあります。

たとえば、海と山、茶畑の気配を映したひと皿「春の若緑色」。蛤と新わかめに合わせるのは、水出しの深蒸し煎茶です。素材はどれも透明で繊細でありながら、これらを重ねることで、バターを使わずとも驚くほどの濃さと厚みが生まれます。透明なレイヤーを根気強く重ねた結果、キャンバスの上に油絵のような奥ゆきのある旨みが立ち現れる。それは、素材の個性を濁らせることなく、ひと皿の中に光を描き出そうとする試みでもあります。
「目指しているのは光を描くこと。どう筆を置き、その痕跡をどう残して『自分の絵』にするか。そこに個性が宿る。料理も、きっと同じだと思うんです」

水彩を重ねて、油彩を描く
芳賀さんは、自身の料理を「水彩のようなレイヤーを重ね、油彩のようなボディ(厚み)を描くこと」だと表現します。お茶や発酵の旨みを幾重にも重ね、ソースとしてのインテンス(強さ)や食べ応えを生み出していきます。
「森を歩いた時の、あの感覚を飲みたい」という理想の情景を追求したとき、何がどのくらい必要かを逆算して決めていく。もしバターが必要な情景であれば、たっぷりと使う。大切なのは、目指す情景をピュアに描き出すこと。そのために、必要なものだけを選び取っていくのです。

レシピを手放す
こうした「絵を描くような料理」への確信は、5歳の頃にただ描くことが楽しかった記憶から、実に30年という歳月を経て、ようやく手に入れたものです。かつては、緻密に計量するレシピを作っていましたが、今はそうした細かな数値を書き留めることはほとんどありません。
「30g、4.5g……といったレシピは、もうまったく作っていなくて。今はもっとシンプルな2対1のような比率で捉えています。ようやく料理が自分に向いてきた、と思えるようになりました」

現在の芳賀さんは、キッチンで試作をすることもありません。レシピ作りに必要なのは、食材よりも先に手にする、紙とペン。冒頭に記したような詩的なメニューの言葉を綴ること自体が、彼にとっての設計図であり、創作そのものなのです。
「この文章ができてから料理ができると言えるほど、僕にとって言葉は大事なもの。ようやく今、絵を描くように、あるいは詩を詠むように料理をすることに振り切れるようになりました」

三月、啓蟄。時と場所の手触り
芳賀さんが選ぶ食材の基準は、「その時々の季節と、今立っているこの場所」を五感で受け取れるものであること。
「Time and Place(時と場所)」nomaのコンセプトでもあるこの言葉を、芳賀さんは日本の風景の中で表現しています。その原点にあるのが、自然の中に分け入り、その時々の素材を自らの手で摘み取るフォレジング(採集)の考え方です。
デンマークでは、野山で植物やキノコを採集し、そのまま料理に活かす文化が根づいています。その摘み草のような採れたての空気感を日本でも再現するために、芳賀さんは信頼を置く産地から、野の息吹をそのまま宿した食材を仕入れます。

森のスープに添えられた、清々しい香りを放つ京都の山から届いたヒバ(檜葉)。伊豆のわさび農家さんが育てた野性味あふれるわさびの葉。そして、菓子切りにも使われる京都の黒文字(クロモジ)。こうした日本の山々や身近な森の息吹を、芳賀さんはひと皿の上に丁寧に置いていきます。
春の始まりの、まだ冷たさを残す空気と、土の下で微かに胎動する命の気配。日本という場所、そして3月上旬という瞬間を、ひと皿を通して表現すること。それは、季節がまどろみから覚める瞬間の空気を吸い込み、「今、ここに自分がいるんだ」という確かな実感を味わうための大切な目印なのです。

未知であり、既知であるという感動
こうして集められた日本の食材を使いながら、芳賀さんが最も大切にしているのが「未知であり、既知である」という感覚です。
料理の根底にあるのは、どこまでもなじみ深い日本の味。けれども、それを口にする人にとっては、これまでになかった新しさとして響く。その「知っているはずなのに、新しい」という不思議な揺らぎにこそ、本質的な感動が宿ると芳賀さんは考えます。
「たとえば、失恋した時や辛い出来事があった時。何度も読んでいるはずなのに、これまで気にも留めなかった小説の一節が、ふいに心の奥に沁み渡ることがありますよね。ストーリーは知っているのに、今の自分だからこそ気づく新しい発見がある。その感覚に近いんです」

新しい刺激を求めて外へ向かうのではなく、自分の中にあるなじみ深いものの中に、まだ見ぬ驚きを見つけ出すこと。
「ワイドに外を見るのではなく、自分の心の井戸を掘るような感動の方が、ずっと深い。自分の中にある新しい発見をしたほうが人間として強いし、感動が深いと思うんです」
身近な日本の素材を30年の蓄積という光で照らしながら、深く掘り下げていく。 芳賀さんが描くひと皿は、わたしたちの内なる世界をどこまでも広げてくれる、「未知なる既知」への招待状なのです。


芳賀 龍
東京での修業を経て、京都「monk」にて2年間、今井義浩氏に師事。在職中にデンマークの「Kadeau Copenhagen」にて研修。2022年より「noma」へ。部門シェフとして2025年1月まで在籍する中で、”time and place”の哲学を深く学ぶ。現在は”A touch of pure Japanese”ー日本人としての新しい料理を探求、表現すべく国内外を視野に開業準備中。