ボディの肌も顔と同じように手をかけて労わって欲しいーそんな想いから生まれたのが、FASのボディケアライン「ザ ドレープ」シリーズです。自分と向きあう豊かな時間をもたらす日本古来の香り遊び「源氏香」に着想を得た4つの香りは、四季の移ろいにちなんで、YŪGIRI(夕霧)、HATSUNONE(初音)、SAWARABI(早蕨)、KAGARIBI(篝火)と名付けられました。
それぞれの化粧箱に描かれるのは、画家の中島あかねさんによる、水彩が淡くにじむ美しいイラストです。目に写るものをそのまま表現するのではなく、色や形の一部を引用するようにして描かれていく作品たちは、グラデーションや滲みといったゆらぎのある”ムラ”を抱えています。その背景には、中島さんならではの制作への向き合い方があります。

偶然を受け入れる
中島さんが水彩画を始めたのは大学生の頃。アクリル絵具を使って、抽象的な形の中に均一に色を塗り広げていくという、当時の自身の表現に窮屈さを感じるようになり、滲みによって生まれる繊細な色の濃淡と、心地よいゆらぎがある水彩に惹かれていったのだといいます。
中島さんにお話を聞く中で何度も登場したのが“なりゆき”という言葉です。目の前で描き進めてくださった絵は、緩やかなカーブを描く半円から始まり、筆が進むにつれて形を変え、やがて台形のような直線的なかたちへとつながっていきました。美しい水彩の水たまりを少しづつ広げるようにしてつくられていく形は、見る人にそれぞれに異なる印象や感じ方をもたらします。
これを描こうと決めて描くのではなく、手もとで生まれた線や滲みといった偶然を受け入れながら描いていく。その感覚を、中島さんは“なりゆき”と表現します。色の滲みや、乾く前後で生じる雰囲気の違いなど、なりゆきに委ねることで生まれる予期せぬ線の面白さや滲みの美しさ。そんな余白を含んでいるところが、水彩画が中島さんの制作の中心になっていった理由なのかもしれません。

四季を描く
「ザ ドレープ」シリーズの制作にあたって中島さんにお伝えしたのは、4種の香りの名前と香りが描く情景、そして色のムードボードです。ここで生まれた作品もまた例外ではなく、言葉を起点に中島さんの中で湧き上がるイメージと、なりゆきを織り交ぜることで形になっていきました。
YŪGIRIは、秋の深まりと名残を纏う香りを表現しています。そこから中島さんが想像したのは、夕焼けなのか朝焼けなのかわからない、曖昧な時間帯の光に包まれた森の中の風景でした。足もとには落ち葉や小枝が積もり、歩くたびにふかふかとした感触が伝わってくる、そんな暖かな時間です。
輪郭の内側に描かれた赤いギザギザとした線は、秋空の残照にも、色づいた落ち葉の輪郭にも見えます。その周囲に広がる黄色や緑のグラデーションは、木々の隙間から差し込む光のようにも感じられます。
「冬は、澄んだ空気の中のわずかな香りを敏感に感じ取る気がするのですが、暖かい時期はいろんな香りが混ざり合っている感じがするんです」そう語る中島さんの言葉のように、輪郭の内側には森に漂うさまざまな香りが静かに溶け合っているかのようです。

中島さんは、今回描いた自身の作品について「外側の輪郭はそんなに重要ではない」と話します。
あらかじめ決めた輪郭の中で何かを表現しようとするのではなく、その内側で曖昧にゆらぐグラデーションを描くこと。そこで生まれた色や線を重ねながら、輪郭もまた少しずつ形になっていくのだそうです。だからこそ、その境界はどこか柔らかく、見る人によって異なる風景を映し出すのかもしれません。
HATSUNONEが表現するのは、冬の静けさと、春を待つ息吹の香りです。張り詰めた寒さの中にわずかに何かが溶け出し、やわらかい要素が溶け込むような印象を描いたのだといいます。氷を思わせるような直線と、やわらかな曲線。相反する要素がひとつのかたちの中に共存することで、冬から春へと移ろう曖昧な境界が静かに描き出されています。

作品の中に、ひとつの正解はありません。そこに描かれているものが何なのかを定めるよりも、見る人それぞれの中でイメージが広がっていくことを、中島さんは大切にしています。日々のスキンケアの時間の中でこの絵がふと目に入ったとき、その人自身の感覚で香りのイメージがより豊かに膨らんでいく。そんな役割を果たせたら素敵だと話します。
色を選ぶ
香りのイメージを広げるのは、形だけではありません。そこに重ねられた色にもまた、中島さんらしい感覚が表れていました。「昔から気になる色の組み合わせって、たぶん自分の中にあって。描いていると、ついこの色になってしまうみたいなのがあるんです」中島さんの色選びは、頭で考える理論とは少し違う場所にあるようです。描き続ける中で自然と手に取るようになった色たち。それは理屈で選んだものというよりも、長い時間をかけて身体になじんでいった感覚に近いものなのかもしれません。

中島さんがよく使う色のひとつだと話すのが、ペインズグレーという色です。「暗い色だけど、暗くなりきってないというか。他の色にもなれそうな色なんです」その言葉通り、この色は、黒に近い深い色から、澄んだ空を思わせるような淡い色まで、ひとつの絵具でさまざまな表情を生み出します。そんなペインズグレーで描かれたのは、暗がりに揺れる炎の気配を写し取った晩夏の香り、KAGARIBIでした。
「明るい中に暗さがあるのではなく、暗い色の中に明るい色がある」という景色をイメージしながら描いたといいます。黒ではなくペインズグレーを用いたことで、暗闇の中にある光の存在が、より自然に浮かび上がってきます。

多様な解釈を大らかに包み込む
中島さんには、感性や表現力を養うために大切にしている時間があります。それは、とにかくたくさん歩くこと。その時間の中で目に留まるのは主に植物だといいます。手に取って、その細かい構造に目を凝らすと、人の意思が介されない自然の造形の中に、思いがけない“変なかたち”を見つけることができます。人の意図が介入しない自然の造形だからこそ、そこには無限の解釈が生まれる余白があります。そんな自然の姿に影響を受けて描かれる中島さんの作品もまた、見る人それぞれの解釈を、大らかに受け止めてくれます。

「自分で描いた絵なのに『こっちの向きでもいいんだ』とか『そういうふうに見えるんだ』って、思いもよらない発見があるのが嬉しいんです」そこに何が描かれているのか、どんな印象を受けるのか、さらには、作品の上下(天地)でさえも、正解を求めるのではなく、自分すら予期していなかった自由な解釈と出合うことを楽しみたいのだと中島さんは語ります。
なりゆきの中で生まれた形が、誰かの中でまた別のイメージへと姿を変えていく。そんな余白もまた、中島さんの作品の魅力のひとつです。
Profile

中島 あかね
1992年生まれ。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。身近な自然から得た感覚や風景の記憶を起点に、水彩を中心とした作品を制作する。クライアントワークとしてのイラスト制作と、自身の制作活動の両面から活動する。torch pressから作品集『float』(2020年)と『FLOW』(2023年)をリリース。






























