京丹後の田んぼで豊かな土と自然の力にゆだねながら、古代黒米がじっくりと実りを迎えるのを待つ時間。そして、収穫した黒米を静かに発酵させる時間。FASが大切にしている発酵の根底には「待つ」という行為があります。この豊かな時間のプロセスを、毎日手にするスキンケアのボトルの佇まいにも忍ばせています。デザインを手がけたのは、プロダクトデザイナーの横関亮太さんです。今回は、ブランドローンチ前に少し時間を遡り、FASのシグネチャーである「ザ ブラック エッセンス」と「ザ ブラック クリーム」のボトルがどのようにして形づくられたか、そのはじまりの物語を。

未来を想って佇む「待ち姿」
<待つ>のさまざまな局面。待ち焦がれ、待ちかまえ、待ちわび、待ち遠しくて、待ち伏せ、待ちかね、(中略)待ちつくし、やがて待ちおおせぬまま……。<待つ>のその時間に発酵した何か、ついに待ちぼうけをくらうだけに終わっても、それによって待ちびとは、<意味>を超えた場所に出る、その可能性にふれたはずだ。
鷲田清一著『待つということ』より一部引用
発酵の本質である、待つという行為。その意味をひも解く中で、FASの立ち上げにあたってわたしたちがいつも傍らに置いていたのが、哲学者の鷲田清一さんの著書『待つということ』でした。そして、デザインの着想を深める中で横関さんが手に取ったのもまた、同じ一冊だったのです。双方の拠り所となったこの本には、ただ受動的に時間をやり過ごすのではない、待つ時間が持つ豊かな価値が描かれています。

目まぐるしく変化していく現代において、ただじっと待つということは、一見すると何も起きていない空白の時間のように思えるかもしれません。けれども、目に見えないところでは、新しい価値がゆっくりと醸成されていく、発酵という営み。そして、少し先の未来の肌が綺麗になることを願いながら肌に触れる、スキンケアの時間。どちらもその待つ時間のなかで、目に見えない変化がゆっくりと、しかし確実に起きています。ただじっと待つのではなく、未来がよくなることを信じて時間を味方につける。そこには、ただやり過ごすだけの時間からは生まれないものがあります。

「例えば、大切な人との待ち合わせをイメージしてみてください。無事に会えるだろうかという少しの不安と、未来への期待の間でそわそわと心が揺れ動く。そんな光景を想像した時に、ゆらゆらと振り子のように揺れる『揺らぎ』がイメージとして浮かんできたんです。未来を想って佇む、その美しい待ち姿を表現できないかと考えたんです」
実は、この揺らぎの造形が生まれる背景には、今だから明かせるエピソードがあります。
初期の試作で検証されていたのは、側面の揺らぎに加えて、ボトルの底をなだらかな曲面にした、振り子のように物理的にも揺れるデザインでした。

毎日のスキンケアを楽しくしてくれそうな佇まいだったのですが、使いやすさや安定性を考慮し、実際に揺れるアイデアは潔く引き算することに。側面の揺らぎの造形だけを活かすことで、今の凛とした佇まいへと着地させたのです。
作為と偶然が溶け合う、手触りの検証
しかし、この抽象的な揺らぎを実際のプロダクトへと落とし込む道のりは、試行錯誤の連続でした。毎日使うスキンケアとしての安心感とプロポーションの美しさ。どちらも両立させるための微調整が始まりました。
そもそも揺らぎという自然に生まれる表情を、デジタルなパキッとした線で描くことへの違和感があったと言います。穏やかな水面の揺らぎなのか、それとも風にざわめくような揺らぎなのか。その絶妙な塩梅を感覚的に掴むため、横関さんはデジタルではなく、独特な手法による手描きのスケッチを重ねました。

「紙に水を垂らすと、表面張力によってそれ以上は水が外に広がらないんです。その上に青い絵の具を垂らして、紙ごとゆらゆらと揺らします。そうやって水と絵の具が偶然生み出す滲みや揺らぎの具合を見ながら、目指すべきかたちを探っていきました」
作為と偶然が融合した水彩スケッチ。それはまるで、自然の力にゆだねる発酵のプロセスのようでもあります。その後は3Dプリンタで30個以上ものサンプルを作成し、検証を繰り返しました。毎日使うものだからこそ、ボトル中央の絶妙なカーブが手のひらにすっぽりと収まる、心地よいフィット感にこだわったのです。


末広がりが描く、京都の山並み
手のひらにすっぽりと収まる心地よさからボトルの底にかけては、なだらかな末広がりのプロポーションに整えました。そこには、ボトルを手に取り、塗布した化粧水が肌の奥へと染み渡っていくイメージと、未来に向けて広がるかたちを重ね合わせています。さらっとしたテクスチャーのエッセンスに対し、濃密でこっくりとしたクリームの容器には、重力で下に溜まるような、少し複雑でぽってりとした揺らぎを持たせています。これは単なる印象の違いだけでなく、握り込んだときに指がすっと収まり、蓋を開けやすいというノイズレスな機能美にも直結しています。
このボトルのなだらかな造形は、FAS 京都東山本店の店頭に並んだときの景色までを想定してデザインされています。ブランドが立ち上がる前、わたしたちは横関さんと一緒に、京丹後にある黒米の田んぼへと足を運びました。

「京都の山々に雨が降り、大地でろ過された水と養分によって黒米が育ち、発酵へと繋がっていく。その自然の恵みの循環を想ったとき、このボトルが東山本店の店頭に並んだら、京都の山並みが連なっているように見えるデザインにしたいと思ったんです」
京都の山々に雨が降り、黒米が実り、発酵へと至る、自然の恵みが循環するのを待つ時間。発酵も、自然のあゆみも、すべては繋がっている――。そんな目に見えない豊かな時間が、このボトルの佇まいには宿っています。

時が満ちるのを、待つ喜び
待たなくてよい社会になった。待つことができない社会になった。(中略) 意のままにならないもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をわたしたちはいつか無くしたのだろうか。偶然を待つ、じぶんを超えたものにつきしたがうという心根をいつか喪ったのだろうか。時が満ちる、機が熟すのを待つ、それはもうわたしたちには能わぬことなのか……。
鷲田清一著『待つということ』より一部引用
かつてはありふれていたはずの「待つ」という営みが、いつしか失われつつある令和の時代。日々に追われ、知らず知らずのうちにせっかちになってしまうわたしたちに、この言葉は待つことの意味を静かに問いかけています。
だからこそ、このボトルを手に取る時はふうっとひと呼吸おいてみてください。 忙しない日々の中でも、時が満ちるのを待つ喜びを一瞬でも感じていただけますように。そんな願いがこの佇まいには込められています。
Profile

横関亮太
1985年岐阜県生まれ。金沢美術工芸大学製品デザイン学科卒。2008年から2017年までソニー株式会社クリエイティブセンター勤務。2017年RYOTA YOKOZEKI STUDIOを設立。ライフスタイルの多様化に寄り添い体験価値を高めるデザインを大切にし、家具、電化製品、生活用品など国内外のさまざまなプロジェクトにおいて、プロダクトデザインやクリエイティブディレクションを行っている。「AIZOME chair」がVitra Design Museumに永久所蔵。iF Design賞、GOOD DESIGN賞など受賞多数。































